スナメリの赤ちゃんを保護(12日間の飼育記録)

スナメリ

スナメリは、大きさが約1.7mの小型のクジラです。日本では5つの場所に生息していて、その1つが大村湾です。
2010年4月10日、地元の漁師さんから、親とはぐれたスナメリを保護したという連絡がありました。現地へかけつけた所、生まれて間もなくの赤ちゃんで、尾びれが変形していました。長時間ミルクを飲んでいない様子でしたので、すぐに九十九島水族館に保護しました。
 スナメリの人工哺育は難しく、世界でも成功例は報告されていません。現在では、八景島シーパラダイスの20日間の飼育が最も長い記録です。今回の九十九島水族館の人工哺育は、12日間の飼育となりました。これは、おそらく2番目に長い記録です(2011.10.28現在)。

飼育プール

飼育プールは、直径3.8mの円形水槽を使用しました。水深は、ヒトの作業のしやすさも考えて、45cmに設定しました。プールの水はバクテリアが綺麗にしてくれる生物濾過を使用しました。
水温は、代謝を促す目的でやや高めの26℃に設定、塩素は濾過槽のバクテリアへの影響を考えて、添加しませんでした。

プール内ポール

この水槽の中央には排水用のポールが設置されています。
スナメリはこのポールを母親と思っているのか、いつも寄り添って、頭をこすりつけていました。あまりにこすり、頭に傷をつくるほどだったので、ポールに保護剤として亜鉛華軟膏をぬって保護しました(おかげで頭はいつも真っ白になりました)。
 今回、12日間生存させることのできた理由の1つは、このポールであると考えています。このポールにいつも寄り添っていたため、活発に泳ぐことによるエネルギーの消耗ひいては体重の減少が抑えられ、また、プール外壁に体をぶつけて傷をつくり、感染症をおこすことの予防になっていたと考えられます。

給餌ミルクは、スナメリの飼育実績のある水族館に聞いたり、書籍を参考にしたりして調整しました。ハンドウイルカの人工哺育でも実績のあるイヌ用粉ミルクをベースにして、様々なサプリメントを加えました。必要カロリーを維持しながら、必要な水分を得ることができるミルクを調整するのは困難です。 このミルクを、イルカの状態にあわせて約1時間に1回のペースで、6時から24時まで与えました。しかし、ミルクの細かな調整をしても体重の減少が続いたため、自然界ではさらに高頻度でミルクを飲んでいると考えられ、より短い間隔で24時間給餌することが理想であると思われます。 哺乳瓶からミルクを飲むことがより自然に近く、スナメリの負担が少ないと思われますが、誤って空気を飲み込んでしまうことや、ミルクが口からもれ確実に給餌できないことが懸念されたので、カテーテルを使って与えました。しかし、カテーテルが正確に食道にはいらなければ、気管や肺の感染症をおこす可能性があります。また、カテーテルを何度も挿入しなければならないため、魚脂をつけ、滑りやすくして慎重に使用しました。 1回のミルク量の設定には細心の注意が必要です。量が少しでも多いと嘔吐して気管や肺に入り、感染症をおこす可能性があります。逆に少なすぎると、必要なエネルギーや水分をとることができません。イルカの様子をみながら、試行錯誤した結果、今回の個体の場合(体長65cm、体重6.2kg)、20~25mlが適量でした。

ミルク組成(4月14日)

エスビラック パウダー イヌ用 10g
精製水  8ml
リンゲル液  8ml
生クリーム 10ml
マズリ ビタズーマーマルタブレット 1/4錠
ラクトマリン 1/2錠
エビオス錠 1/2錠
 

●給餌内容


給餌
回数



(ml)


(kcal)



/1回




kcal/ml










4月10日 5 48 84.2 10ml 1h イヌ用エスビラックで調整 1.8 67.4 13.9 11.3 4.9
4月11日 18 316 677.2 30ml 2h   2.1 56.4 18.6 15.1 6.6
4月12日 10 205 539.2 30ml 2h   2.6 51.1 20.9 17 7.4
4月13日 13 193 601.9 15ml 1h 1回給餌量を下げ、給餌回数を増やす(嘔吐対策) 3.1 49.9 27.6 12.9 6
4月14日 16 265 954.7 20ml 1h 動物性生クリームを添加 3.6 44.6 33 13.3 6.3
4月15日 20 330 995.7 20ml 1h   3 48.6 26.2 15.7 6.1
4月16日 18 340 995.5 20ml 1h 高TG血症がみられたため生クリームの使用を中止 2.9 48.4 23.6 16.9 7.4
4月17日 19 340 997.6 20ml 1h ネコ用とイヌ用エスビラックを併用(蛋白質を増量) 2.9 44.2 21 21.1 9.6
4月18日 18 368 1093.9 22ml 1h   3 43.1 20.4 22.2 10.3
4月19日 16 329 761.1 22ml 1h 脱水対策として水分量を増やす 2.3 54.1 16.7 17.7 10.3
4月20日 18 386 1014.1 25ml 1h   2.6 49.8 19 19 8.2
4月21日 18 380 211.4 20ml 30min 脱水対策で11:00以降は水のみとする 0.6 89.9 3.3 4.1 8.7

04-3ミルクの成分や組成は、毎日の体重測定、2日に1回の血液検査、イルカの動きや便の様子をもとに、その都度変化させました。 13日まで体重が減少し続けたため、14日から動物性生クリームを加え、水分量を減少させずにカロリーの増加を行いました。この結果、16日まで体重が順調に増加しています。
 しかし、生クリームの影響か、16日の血液検査では中性脂肪(TG)の顕著な上昇がみられたため、生クリームの使用を中止し、イヌ用に比べ低脂肪、高蛋白のネコ用のミルクを混ぜて使用しました。ネコ用のミルクには、鯨類に必要とされるアミノ酸であるタウリンも含まれています。 ミルクのカロリーは変化していませんが、16日以降体重が減少がしているのは、白血球数の上昇もあわせて考えると、感染による消化吸収不良が生じ始めたのかもしれません(白血球数の上昇は、感染症等の可能性があります)。 さらに19日からは、電解質の増加(脱水症状)がみられ始めたため、水分量を増して対応しました。

 

このスナメリは、最初の血液検査の数値から、初乳を飲んでおらず、免疫が極めて弱い可能性が高いと考えられたため、血液検査を2日に1度行いました。 死亡までの間に、数値が特に大きく動いたのが、白血球数、電解質、血中尿素窒素です。 白血球数は16日に上昇がみられましたが、上昇が軽度であったことと、消化器系への影響を懸念して抗菌剤の投与は行いませんでした。19日ではさらに上昇し、21日午前には減少がみられました。21日夕方の点滴直前で急激な減少(白血球数910)がみられたことから、重度の細菌感染をおこしていた、または腸管からの漏出があった等の原因が考えられます。

また、19日から、電解質(ナトリウム(Na)、クロール(Cl))の上昇が急速にみられています(表:電解質)。白血球数とあわせて考えると、このタイミングで消化器系の感染がおこった可能性があります。19日からミルクの水分量を増して対応し、21日には、精製水で経口補液を行った所、電解質の改善がみられました。また、ショック死等のリスクもありましたが、電解質を下げることを最優先と考え、輸液も行いました。5%ブドウ糖液を1ml/分~2ml/分の速度で輸液しました。しかし、31ml輸液した所で、心拍が弱くなってきため中止しました。輸液当日に死亡しため、輸液の効果を確認することはできませんでした。より安全性の高い経口補液でも効果がみられたことから、経口補液は有用であると考えられます。補液剤の成分については、さらに検討が必要です。

輸血
 

また、電解質と同様、血中尿素窒素(BUN)は一貫して上昇しており、脱水による排泄不全、高蛋白質のミルクが原因の可能性があります。循環系のチェックのためにも、排尿があることの確認が必須であると考えられます。
 GOT、GPT、LDHは肝機能を調べる時に測定する酵素です。GOTはゆるやかに上昇していますが、GPT、LDHは上昇しておらず、肝臓以外の原因が考えられますが、詳細は不明です。ミルクによる肝臓への影響は剖検時の所見とあわせてもあまり感じられませんでした。

 
肺

病理解剖検査の結果では、肺と腸に問題が見られました。 肺には、比較的古い時期の細菌感染を示す膿瘍がモザイク様に散見されました。しかし、飼育中に呼気の悪臭等は感じられませんでした。

腸管腸管にはガスと粘血便が貯留していました。 病理的には上皮の崩壊が始まりだしており、これが、最終日の粘血便や白血球の急激な減少、ショックの原因ではないかと考えられます。上皮の崩壊の理由ははっきりしませんが、感染の可能性も考えられました。肺由来の感染であるかもしれません。

 
咽頭

今回の死亡原因は、これらの臓器の細菌感染症による敗血症性ショックが原因である可能性が高いと考えられました。鯨類の感染症による死亡は多く、母乳に似せたミルクであっても体に合わず、下痢を起こして腸内環境が悪化したことや、飼育水やミルクが誤って肺にはいってしまい感染を引き起こしたのかもしれません。この個体は血液検査の結果から初乳を飲んでいないと考えられ、抵抗力が弱かったことも原因の1つであると考えられます。残念ながら、今回は血液培養を行っておらす、確定診断には至りませんでした。 また、咽頭部には、カテーテル挿入の際についた可能性のある直径4mm程度の発赤がみられ、カテーテル挿入には注意が必要なことが分かりました。 鯨類新生子の誤嚥性肺炎による死亡が多いことからも、負担の少ないほ乳瓶による給餌の検討が必要と考えられます。

次回飼育の際には、感染症の予防に最も力を入れなければならないと考えます。具体的には、体温測定の実施、定期的な便や呼気の検査、長靴や給餌に使用する器具やミルク等のさらなる消毒・滅菌の徹底、給餌量、給餌間隔、給餌方法の検討、飼育水への塩素の添加や濾過の検討、より適切なミルクの作成(特に脂肪の検討)、早期の抗生物質投与等が挙げられます。 今回、残念な結果にはなりましたが、12日間の飼育で得られた情報は多く、とても貴重なものです。この飼育の記録は、第16回スナメリ種別繁殖検討委員会および第16回日本野生動物医学会大会、第16回野生生物保護学会で報告しました。
 現在、九十九島水族館では、大村湾のスナメリのより正確な生息数を知るため、東京大学、長崎大学と合同調査を行っています。また、共同で座礁個体の収集を行い、その生態についての見解を深めています。これらの研究を、大村湾のスナメリがのびのびと生活できるよう役立てることができればと思います。 大村湾には、素晴らしい自然がまだまだ残っており、私達の興味も尽きません。この素晴らしい大村湾をしっかりと次世代へ伝えられるよう、私達は努力していきたいと思います。